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長野地方裁判所 昭和52年(ワ)171号 判決

長野市大字鶴賀権堂町二、二三六番地

上告人

株式会社千木良商事

右代表者代表取締役

吉原勝正

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被上告人

右代表者法務大臣

坂田道太

右被告指定代理人

細井淳久

重野良二

六馬二郎

山本宏一

曲渕公一

藤田亘

阿島丈夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金八八万三七〇〇円及びこれに対する昭和四一年五月一日または昭和四二年七月一日から完済に至るまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文同旨の判決並びに仮執行免脱の宣言を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  確定申告等の経緯

1 原告は、昭和四〇年六月三〇日、長野税務署長に対し、原告の昭和三九年五月一日ないし昭和四〇年四月三〇日の事業年度(以下「昭和四〇年四月期」という。)の法人税につき、所得金額一、三二五、二三四円(法人税額三三八、五二〇円)とする青色の確定申告書を提出し、同日右税額を納付した。

2 右税務署長は、昭和四一年六月二七日、原告に対し、法人税青色申告承認取消処分(以下「本件青色取消処分」という。)をなした。

3 原告は、昭和四一年六月三〇日、右税務署長に対し、原告の昭和四〇年五月一日ないし昭和四一年四月三〇日の事業年度(以下「昭和四一年四月期」という。)の法人税につき、欠損金額三、二九七、〇五八円(法人税額〇円)とする青色以外(以下「白色」という。)の確定申告書を提出した。

4 原告は、昭和四二年六月三〇日、右税務署長に対し、原告の昭和四一年五月一日ないし昭和四二年四月三〇日の事業年度(以下「昭和四二年四月期」という。)の法人税につき、所得金額二、六二四、一六二円(法人税額七二三、九〇〇円)とする白色の確定申告書を提出し、同日右税額を納付した。

5 原告は、昭和四四年九月二五日、長野地方裁判所に本件青色取消処分の取消訴訟を提起したところ、右税務署長は、右訴訟係属中の昭和四九年九月二八日、右処分を取消した。

6 原告は、昭和五〇年一一月二九日、右税務署長に対し、前記3の欠損金の繰戻し及び繰越しを理由として、還付請求書及び昭和四二年四月期の法人税に係る更正の請求書を提出したが、昭和五一年六月一六日付で、いずれも理由がない旨の通知を受けた。

(二)  還付請求権

1 本件青色取消処分により、原告は、昭和四一年四月期以後、白色の申告書を提出せざるを得なくなったが、右処分の取消しにより、右白色申告書はいずれも青色申告書とみなされることになった。

2 原告は、前記昭和四一年四月期の欠損金額三、二九七、〇五八円に基づき、左記(1)、(2)のとおり、合計金八八三、七〇〇円の還付金及びこれに対する昭和四一年五月一日から完済に至るまで、国税通則法五八条一項所定年七・三パーセントの割合による還付加算金の支払を求める。

(1) 欠損金の繰戻しによる還付金

法人税法八一条一項により、昭和四〇年四月期の所得に対する法人税額三三八、五二〇円に同期の所得金額一、三二五、二三四円のうちに占める欠損金額中の繰戻金額の割合を乗じて計算した金額に相当する法人税の額三三八、五二〇円である。

(2) 欠損金の繰越しによる還付金

法人税法五七条一項により、前記欠損金額のうち、昭和四〇年四月期に繰戻した一、三二五、二三四円を除く一、九七一、八二四円を昭和四二年四月期の所得金額の計算上、損金の額に算入すると、同期の法人税額は一七一、七〇〇円となるので、既に納付した同期の法人税額七二三、九〇〇円のうち、右一七一、七〇〇円を超える部分五五二、二〇〇円は原告に還付すべき過納金である。

(三)  不当利得返還請求権

1 被告は、本件青色取消処分の取消しによって、前期欠損金の繰戻し又は繰越しによつて原告に還付すべき八八三、七〇〇円を還付せず、法律上の原因なく利得し、これがため原告に対しこれと同額の損失を及ぼしている。

2 よつて、被告に対し、民法七〇三条により、右金八八三、七〇〇円とこれに対する法人税納付日の翌日である昭和四二年七月一日から完済に至るまで国税通則法五八条所定年七・三パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

(四)  損害賠償請求権

1 仮に前記(二)、(三)の請求権が認められないとすれば、被告の公権力の行使にあたる長野税務署長及び関係公務員が、故意または過失によつて違法に、本件青色取消処分をしたことにより、或は右処分の取消しに際し、原告が行つた還付請求又は更正請求に応じないことによつて、本件欠損金の繰戻し及び繰越しが不可能となり、原告は還付金及び還付加算金相当額の損害を受けた。

2 よつて、被告に対し、国家賠償法一条により、金八八三、七〇〇円とこれに対する法人税納付日の翌日から完済に至るまで国税通則法五八条所定年七・三パーセントの割合による還付加算金相当額の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(一)  請求の原因(一)の1ないし6の各事実は、認める。

(二)  同(二)、(三)、(四)の各事実は、すべて争う。

三  被告の反論

(一)  還付請求権について

1 原告は、本件青色取消処分の取消しにより、昭和四一、四二年各四月期の各白色申告書が、いずれも青色申告書とみなされることとなつた、と主張する。

しかし、青色申告承認取消処分の取消の効果は、納税者が、青色申告書を提出することのできる資格を回復する、ということであるから、右承認取消処分の後にも、納税者が青色申告書を提出し、かつ青色申告に伴う特例の適用を受けるための要件を充足していた場合には、右承認取消処分の取消しにより、当該青色申告書は、白色申告書とみなされていた効果(法人税法一二七条一項後段)が失われ、青色申告書としての効力を回復する、と解し得る余地もあろう。

これに対し、右承認取消処分の後、納税者が白色申告書を提出し、しかも青色申告に伴う特例の適用を受けるための要件を充足していなかつた場合には、当該白色申告書は、元々右承認取消処分によつて白色申告書とみなされていたものではないから、右承認取消処分の取消しによつても、青色申告書としての効力を回復し得る形式的及び実体的な前提を欠くものである。

そして、本件においては、原告の提出した確定申告書は、いずれも白色申告書であり、しかも、昭和四一年四月期については、当該確定申告書において、同期の欠損金の繰戻しの計算(同法八一条一項)がなされていないうえ、所定の還付請求書も、確定申告書の提出と同時に提出(同条一項、五項)されておらず、昭和四二年四月期についても当該確定申告書において、前期の欠損金の繰越しの計算(同法五七条一項)がなされていないのであるから、右各白色申告書は、いずれも青色申告書としての効力を回復し得る前提を欠いており、青色申告書とみなし得る余地がないのである。

2 のみならず、青色申告の承認は、申告の方法を規制する独立の行政処分であつて法人税についての納付すべき税額は、これとは別個の手続である納税者の申告又は税務署長の処分によつて確定するものである(国税通則法一六条、法人税法七四条)。

そして、原告の昭和四一年四月期については、原告の白色申告書による確定申告により、納付すべき法人税額も、同期の欠損金の繰戻しによる還付請求税額も、ないものと確定し(甲三号証)、昭和四二年四月期についても、原告の昭和四二年六月三〇日の白色申告書による確定申告に対する長野税務署長の昭和四三年六月一九日の更正処分の確定(別表二の3)により、納付すべき法人税額は、合計一、五四四、二〇〇円と確定しているのであつて、本件青色取消処分の取消しによつても、何ら影響を受けるものではない(東京高裁昭和五一年七月一九日判決行集二七巻七号一〇五三頁)から、右確定した法人税額に係る還付金及び過納金は、何ら発生し得ないのである。

3 なお、原告は、右更正処分につき、長野税務署長が前期の欠損金を昭和四二年四月期の損金の額に算入しなかつた、ということを理由として、無効である旨主張するようであるが、右同期の確定申告は、白色申告書によつてなされたのであるから、右更正処分における計算は、当然のことであり、仮に右計算が誤つていたとしても、これによる所得金額の誤認は、右更正処分の当時の事情(=白色申告書)から見ても、重大かつ明白な瑕疵ということはできない。

4 更に、原告は、昭和四二年四月期分につき、更正の請求をなした旨主張するが、この点は、原告主張の前期の欠損金の繰越しによる過納金の発生要件としては無意味である。

なぜならば、右更正の請求については、長野税務署長が、昭和五一年六月一六日付で理由がない旨の通知をなしたところ、原告は、同年八月七日付で審査請求をなし、昭和五二年五月一七日付でこれを棄却する旨の裁決を受けたが、右理由がない旨の通知は、出訴期間の徒過によつて確定したので、右更正の請求は、昭和四二年四月期の確定した法人税額に対しては、何ら影響を及ぼさなかつたからである。

(二)  不当利得返還請求権について

前記(一)2のとおり、昭和四一年四月期の欠損金の繰戻しによる還付金及び同欠損金の繰越しによる過納金の合計額相当額の法人税は、原告の確定申告及び確定した更正処分によつて確定しているものであるから、被告がその納付を受けたまま原告に返還しないことについては、法律上の原因があるが、仮に法律上の原因がないとすれば、原告主張の右金額は、国税通則法五六条一項に所定の「還付金又は国税に係る過誤納金」に該当するものであり、右規定は、民法七〇三条の適用を排除する趣旨のものである(東京高裁昭和五〇年四月一六日判決訟務月報二一巻六号一三四五頁)から、本件においても、民法七〇三条による請求は失当である。

(三)  損害賠償請求権について

1 原告は、昭和三五年五月一日から昭和三九年四月三〇日までの四事業年度の各期において、売上金額を除外し、この事実は、法人税法一二七条一項三号に該当したのであるから、本件青色取消処分は、何ら違法な行為ではない。

2 仮に、本件青色取消処分が、理由附記の不備によつて違法であつたとしても、国家賠償法一条に該当する違法性はなく、しかも、右処分のなされた当時、かかる処分における理由附記の程度については、諸説見解が分かれていたのであるから、長野税務署長が、当該法条の該当号数のみの記載で足りるという見解に従つた点においては、何ら過失があつたということはできない。

四  被告の抗弁

(一)  還付請求権について

仮に、昭和四二年四月期に係る更正処分が無効であるとすれば、原告は、昭和四六年一〇月三〇日までの間に、右更正処分による法人税八二〇、三〇〇円(確定申告による分を除く。)を納付したのであるから、右更正処分の無効を理由とする過誤納金八二〇、三〇〇円の還付請求権は、右同日から五年間の経過により、時効によつて消滅した(国税通則法七四条)。

(二)  損害賠償請求権について

仮に、本件青色取消処分が不法行為であるとすれば、原告は、昭和四九年九月三〇日、右処分の取消しの通知を受領したので、これによつて右処分による損害及び加害者を知つたものというべきであるから、本件損害賠償請求権は、右同日から三年間の経過により、時効によつて消滅した(民法七二四条)ので、この旨援用する。

五  抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)のうち、原告が昭和四二年四月期における法人税を昭和四六年一〇月三〇日までに納付したことは認め、その余は争う。

(二)  抗弁(二)のうち、原告が昭和四九年九月三〇日本件青色取消処分の通知を受領したことを認め、その余は争う。

第三証拠

一  原告

1  甲第一、二、三、四号証、第五号証の一、二、第六、七、八号証

2  証人岡村保

3  乙第一、二号証の成立を認める。

二  被告

1  乙第一、二号証

2  証人吉村文和

3  甲号各証の成立を認める。

理由

第一確定申告等の経緯

請求の原因(一)の1ないし6の事実は、当事者間に争いがない。

第二欠損金の繰戻しに基づく還付請求権

一  まず、原告の昭和四一年四月期に発生した欠損金(以下本件欠損金という。)を、昭和四〇年四月期(還付所得事業年度)に繰戻すことにより生ずる還付請求権の存否について、考える。

二  法人税法八一条によれば、欠損金の繰戻しによる還付請求は、内国法人が還付所得事業年度から連続して青色申告書である確定申告書を提出し、かつ欠損事業年度における青色申告書である確定申告書を、その提出期限(法人税法七四条)までに提出すると同時に還付請求書を提出することになつている。

三  原告は、前示のとおり、欠損事業年度には、白色の確定申告書を昭和四一年六月三〇日に提出したのち、本件還付請求書を昭和五〇年一一月二九日に提出しているのであるから、前記要件を具備しない不適法な還付請求といわざるをえない。原告は、本件青色取消処分により、欠損事業年度において白色申告書を出さざるをえなかつたのであるから、右処分が取消されたことにより、白色申告書は青色申告書とみなされるべきであると主張する。しかし、そのように解することは無理であるのみならず、仮にそのように解しても、還付請求書の提出が遅れているのであるから、右還付請求が不適法であることは変りはない。

四  のみならず、原告の昭和四一年四月期における法人税関係については、原告の白色申告書による確定申告により、納付すべき法人税額及び欠損金の繰戻しによる還付請求税額はないものと確定しているのであるから、申告方法を規制する青色申告承認の取消処分が取消されたからといつて、直ちに右確定した法人税課税手続の効力に影響を及ぼすものと解するのは相当でない。

五  以上いずれにしても、原告は、法人税法八一条に基づく欠損金の繰戻しによる還付請求権を有しないものと解するほかはない。

第三欠損金の繰越しに基づく還付請求権

一  原告の本件欠損金を、昭和四二年四月期に繰越すことによつて生ずる還付請求権の存否について、検討する。

二  原告は、本件青色取消処分があつたため、昭和四二年四月期における法人税関係については、前示のとおり、白色申告書である確定申告書を昭和四二年六月三〇日に提出しているので、法人税法五七条によつて青色申告者に認められる前年度における欠損金の繰越しによる計算を行つていないことは、弁論の全趣旨により明らかである。

三  法人税法五七条二項によれば、欠損金の繰越しによる計算をするためには、内国法人が欠損事業年度について青色申告書を提出し、かつ、その後において連続して確定申告書を提出していることが必要であるところ、原告における前示課税の経緯に照らせば、この要件を充足していないことが明らかである。原告は、本件青色取消処分の取消しにより、当然に欠損事業年度の白色申告が青色申告とみなされるものと主張するが、この主張は、そのような法律の根拠もなく、たやすく採用できないものであり、仮にそのように解したとしても、欠損金の繰越計算をしていないのであるから、法人税法五七条二項の要件を充足していないことには変りはない。

四  のみならず、原告の昭和四二年四月期における課税処分は、弁論の全趣旨によつて認められる別表二の3記載のとおり、原告の確定申告に対して更正等の処分がなされ、原告の異議及び審査の申立等の不服申立の手続が経由されて確定しているのであるから、課税処分とは別個の手続である青色申告の承認が復活したからといつて、右確定した課税処分の効力に影響を及ぼすものと解することは相当ではない。

五  以上いずれにしても、原告は、法人税法五七条に基づく欠損金の繰越計算による還付請求権を有しないものと解される。

第四更正の請求に基づく還付請求権

一  次に、原告の昭和四一年四月期に発生した欠損金を、昭和四二年四月期の確定申告において、繰越計算することができなかつたので、これを本件青色取消処分が取消された時点で、国税通則法二三条二項に基づく更正の請求の特例によつて救済できるかどうかが問題となる。

二  ところで、昭和四五年法律第八号による改正後の国税通則法二三条二項は、国税の法定申告期限後に生じた理由に基づき、確定した課税処分に対し、再審的な救済を与えようとするものであつて、主として課税額計算の基礎となる私法上の行為の効力や課税対象となる所得または物件の範囲ないし帰属に関する新事実を、救済の対象とするものであり、同項一号の規定する課税額計算の基礎となる事実については、私法上の事実ばかりでなく、課税額計算に影響を及ぼす一切の事実を含むものと解しうるから、本件の場合に更正の請求を許容してもよいと考える。

三  しかしながら、青色申告の承認が取消されたとしても、右処分の効力を争う不服申立手続を経て取消訴訟を提起することにより、右処分は確定しないから、引続き青色申告書を提出し、欠損金の繰戻しや繰越しの手続をすることは妨げられず、たとえ法人税法一二七条一項によつて、青色申告以外の申告書とみなされて課税庁から更正処分を受けた場合でも、これに不服申立などの手続が可能であることはいうまでもない。そして、このような不服申立手続によつて右取消処分の取消しが確定し、青色申告の承認が復活したときは、課税庁は当然にその取消理由に従つた措置をとるべきであり、特に被課税法人において、更正の請求などの手続をとる必要はないものと解される。

四  ところが、本件において、原告はこのような手続を経由せず、従つて、欠損金の繰戻しによる還付請求はもちろん、欠損金の繰越控除の申告をしないまま、係争各年度における課税関係が確定していることは、前示のとおりである。もつとも、前示のような不服申立、訴訟の提起が法律上可能であるとしても、事実上かなり困難であることから、その救済策として前示更正の請求を許容しようとするわけである。

五  ところで、成立に争いのない甲第一、二号証及び証人吉村文和の証言によれば、本件青色取消処分は、法人税法一二七条一項三号に掲げる事由、すなわち、原告の帳簿書類に取引の一部を隠ぺいして記載したことを理由としてなされたものであるところ、別表一記載のとおりの不服申立手続が経由され、取消訴訟が係争中に右取消処分に付けられた理由が、「法人税法一二七条一項三号」とのみ記載されていたことが、最高裁判所昭和四九年四月二五日判決の趣旨に反するものとの考慮に基づき、課税庁自ら昭和四九年九月二八日本件青色取消処分を取消したうえ、当時取消訴訟の係属していた各年度の更正処分をも取消したが、その時点ではすでに申告期限から五年以上を経過していたため、再び更正処分をすることができなかつたので(国税通則法七〇条)、改めて理由を付記した青色申告承認の取消処分をしたうえ、再度の更正処分をすることができなかつたことを認めることができる。

六  以上の認定事実によつてもわかるとおり、原告が各年度の課税処分について不服を申立てていた部分については、課税庁自ら更正処分を取消しており、当然に取消された税額は原告に返還されているわけである。従つて、本件係争年度分についても、不服申立及び取消訴訟を提起しておれば、課税庁としては、当然に然るべき措置を講ずべきであつたものと推測されるのであつて、この点からも前示の更正請求という救済の措置が必然的に要請されるものとはいえないのである。

七  以上により、本件のような青色申告承認が取消された場合につき、第二次的な救済策として、国税通則法二三条二項による更正の請求を許容してもよいと考えるのであるが、成立に争いのない甲第四号証によると、原告は、本件につき更正の請求をしたところ、長野税務署長は「更正すべき理由がない。」旨の処分をし、これに対する審査の請求に対し、昭和五二年五月一七日付で審査請求を棄却する旨の裁決がなされていることを認めることができる。弁論の全趣旨によれば、原告は右裁決に対し不服の行政訴訟を提起しなかつたことが認められるから、出訴期間の徒過によつて、本件更正の請求につき、理由がない旨の処分が確定している。

八  以上によれば、原告は、更正の請求に基づいて、欠損金の繰越しによる還付請求権を有しないものというべきである。

第四不当利得返還請求権

一  原告は、本件欠損金の繰戻し及び繰越しに基づく還付金相当額を、不当利得として返還の請求をしているので、その可否について検討する。

二  ところで、課税庁の処分によつて納付された税額が、国において法律上の原因がない利得となるためには、その課税処分に重大かつ明白な瑕疵があつて無効となるか、または、所定の手続によつて取消された場合に限るものと解される。従つて、その課税処分にたとえ取消しうべき瑕疵があつたとしても、それが所定の不服申立手続ないし取消訴訟によつて取消されないまま確定したときは、その課税処分は有効に存在するから、右処分に基づいて納付した税額は、法律上の原因がない利得を構成しないものと解される。

三  これを本件について見ると、前示のとおり、本件欠損金の繰戻しによる還付請求権は消滅し、その繰越計算をすべき昭和四二年四月期における課税処分も確定しており、更に本件青色取消処分が取消された時点において、なされた更正の請求についても、その理由がない旨の処分が確定しているのであるから、本件欠損金の繰戻し及び繰越しに関する税法上の手続は、取消されることなく確定していることは明らかである。

四  そこで、このように確定した税法上の手続について、重大かつ明白な瑕疵があつたかどうかが問題となる。ところで、本件課税処分における原告主張の瑕疵は、本件青色取消処分が取消されたことに、その端を発しているので、右取消された処分にどのような瑕疵があつたかが究明されなければならない。ところが、本件青色取消処分は、原告の帳簿書類に取引の一部を隠ぺいして記載したことによるものであつたところ、右処分を取消した根拠は、右処分に理由附記が十分でなかつたという形式的な瑕疵によるものであつて、帳簿等の記載に隠ぺいの事実がないという実質的な処分要件の不存在によるものでなかつたことは、前示のとおりである。従つて、本件青色取消処分が取消されたからといつて、直ちに右処分に重大かつ明白な瑕疵があつたものとは言えないのであり、そのうえ、右処分要件の不存在すなわち課税庁における処分要件の誤認という瑕疵の存在は、これを認めるに足りる証拠は、現段階では存在しないのである。しかしながら、右処分要件の誤認という瑕疵は、仮に存在するとしても、必ずしも明白なものとは言えないと思われる。けだし、明白な瑕疵とは、処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に誤りのあることが、処分成立の当初から外形上客観的に明白である場合を指すものと解されるところ、本件の処分要件たる「帳簿等への取引の一部記載の隠ぺい」の存否は、必ずしも処分成立当初から客観的に明白であつたとはいえないからである。

五  のみならず、原告主張のような課税処分の無効による租税債務不存在に起因する過納税金は、公法上の不当利得ともいうべきもので、国税通則法五六条にいう過誤納金に当るものと解すべきであり、同条は民法における不当利得の特則を定めたものというべきであるから、本件には民法上の不当利得の規定の適用はない。このような場合、原告の主張には、同条による過誤納金の返還を求める趣旨が含まれているものとも解しうるが、公法上の不当利得についても、やはり前記の法理が当てはまるから、そのように解したとしても、原告の主張が採用できないことには変りがない。

六  以上いずれにしても、原告の不当利得に基づく主張は、採用できない。

第五損害賠償請求権

一  原告は、国家賠償法一条により、損害賠償を求めているので、公権力の行使にあたる長野税務署長らに、故意又は過失による違法行為があつたかどうかについて、検討する。

二  まず、本件青色取消処分の違法性について、判断する。原告が右処分によつて本件欠損金の繰戻しないし繰越しによる利益が受けられなかつたことは、明らかである。そして、その処分理由は、法人税法一二七条一項三号にいう、記帳上取引の隠ぺいが発見されたことによるものとされているところ、長野税務署長が右処分を取消した原因は、理由附記が十分でなかつたことによるもので、実体的な処分理由の不存在ないし誤認によるものでなかつたことは、前示のとおりである。

三  ところで、このような場合、原告の受けた損害の原因となる公務員の違法行為とは、処分庁が原告に青色申告の承認を取消すべき事由がないことを知りながら、或は不注意によつてこれがあるものと誤認して、右承認を取消した行為を指すものであつて、右取消処分に理由附記が十分でなかつたという形式的な違法があつたとしても、これに当らないものと解するのが相当である。従つて、本件青色取消処分が、その後取消されたからといつて、当然に右処分が本件原告に生じた損害の原因たる違法行為を構成するものとはいえず、右処分理由の不存在につき立証のない本件では、この点に関する原告の主張は採用できないのである。

四  仮に、本件青色取消処分の処分理由が不存在であるのに、長野税務署長において、これを誤認した違法行為があつたとしても、右処分の取消通知書が原告に到達した日であることに争いがない昭和四九年九月三〇日には、原告が右処分による損害及び加害者を知つたものというべきであるから、本件不法行為の請求訴訟を提起した昭和五三年三月一四日(原告の訴変更申立書提出の日)までには、三年の時効期間を経過しており、右請求権は時効により消滅したものということができる。

五  次に、原告は、本件青色取消処分が取消されたのち、原告の行つた還付請求に対し、長野税務署長が、これに応じなかつた行為を違法である旨主張するようであるが、前示のように、原告の還付請求は不適法であつて許されないものであるから、長野税務署長らがこれに応じなかつたとしても、違法行為を構成するものではなく、原告のこの点に関する主張は失当である。

六  更に、原告は、長野税務署長ら関係公務員が、原告の本件更正の請求に応じなかつたことを違法である旨主張するが、右の各請求が許されるかどうかについては、当時確定した学説及び判例が存在しなかつたことは、当裁判所に顕著であるから、右公務員らのそのような事務処理をもつて、故意ないし過失に基づく違法行為であるとはいえず、原告の前記主張は採用できない。

七  以上いずれにしても、原告の国家賠償法一条に基づく損害賠償請求は失当である。

第六結論

よつて、原告の本訴請求は、いずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安田実 裁判官 松本哲泓 裁判官 岡本岳)

別表一

青色申告書提出承認の取消処分

〈省略〉

別表二

法人税課税処分

1 自昭和三九年五月一日至昭和四〇年四月三〇日事業年度分

〈省略〉

2 自昭和四〇年五月一日至昭和四一年四月三〇日事業年度分

〈省略〉

3 自昭和四一年五月一日至昭和四二年四月三〇日事業年度分

〈省略〉

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